近年、芸能人が政治や国際問題について発言する場面が増えています。その一方で、芸能人がこうした発言をすることに対して日本国内で賛否が分かれる様子も見られます。この記事では、歌手で女優の荻野目洋子さんが最近取り上げた「欧州の危機」というテーマをきっかけに、芸能人の政治的発言とその受け止め方について深掘りしていきます。さらに、このような状況を「少し珍しい」と感じる日本人特有の文化や感覚についても考察します。
欧州の危機感と国内ニュースの内容差に、人生で1番危機を感じています。情勢がどんどん変化していて、明らかに朝とは違う…
— 荻野目洋子 (@oginome_info) November 19, 2024
荻野目洋子と「欧州の危機」
荻野目洋子さんは1980年代から90年代にかけてヒット曲を連発し、一躍スターとなった歌手です。最近では、彼女がSNSやインタビューで触れた「欧州の危機」に関するコメントが注目を集めています。ここで言う「欧州の危機」とは、政治的・経済的混乱や安全保障問題を指すものであり、ウクライナ紛争やエネルギー問題、移民危機などの複合的な問題が背景にあります。
定期的にいろいろなインフルエンサーが投稿する話題ともいえますが、日本のニュース報道は地理的な関係のせいか、ややガラパゴスした傾向があり、海外で大きく扱うニュースがまったく報じられず、国内の芸能ニュースや政治ニュースに報道ソースが集中してしまう傾向があります。
そういった意味では、その「ズレ」について、有名人が警鐘を鳴らすのは価値のある投稿とも言えます。
しかし、芸能人がこうしたテーマに触れること自体、日本では議論を呼ぶのです。
芸能人の政治的発言がもたらす影響
日本では、芸能人が政治的または社会的な話題について発言することに対して、特に注目が集まります。
一部の人々からは「政治や国際問題について話すべきではない」との声が上がる一方で、
他方では「社会の一員として発言する権利がある」との支持も見られます。
以下に、日本と海外での芸能人の政治的発言に対する反応の違いを比較してみます。
海外の事例:普通とされる発言
欧米諸国では、芸能人が社会問題や政治について積極的に発言することが一般的です。例えば、俳優のレオナルド・ディカプリオは環境問題についての活動で知られており、慈善団体を設立して気候変動対策に取り組んでいます。また、歌手のビヨンセは女性の権利や人種差別に対するメッセージを音楽やパフォーマンスを通じて伝えています。
これらの活動は、彼らの発言が「社会的責任」を果たす一環として認識され、支持を集めることが多いです。政治や社会問題への発言が、芸能人の影響力をポジティブな方向に活用する行為とみなされるためです。
日本の事例:なぜ「珍しく」感じられるのか
一方で、日本では芸能人が政治や国際問題について発言すると、「芸能活動に集中すべきだ」といった批判が寄せられることがあります。この背景には、以下のような要因が考えられます。
- 中立性を求める文化
日本では、社会的立場が高い人物ほど中立性を求められる傾向があります。特に芸能人は多くのファン層を抱えるため、発言が誤解されるリスクを避ける傾向があるのです。 - 政治と芸能の境界線
日本では、政治と芸能を明確に分けるべきだという考えが根強くあります。「政治は政治家が」「芸能は芸能人が」という役割分担の文化が、政治的発言に対する違和感を生む要因となっています。 - 「和」を重んじる社会的圧力
日本社会では「和を乱さない」という価値観が重視されます。これにより、意見が異なる発言を避ける傾向があり、政治的な話題がタブー視されることも少なくありません。
つまり政治、安全保障に関するコメントは、異なる意見の視聴者との対立を生みやすいです。
好きなペット、趣味、グルメ、旅行など、当たり障りのない話題に終始するのは、そういった対立を避けるためです。
ビジネスの観点からすると政治的な意見を言うメリットが少ないのです。
一方で、ビジネス保守、ビジネスリベラルと指摘されるような、確固とした意見を発するスタンスをとる有名人が増加しているのも事実です。
これは対立を覚悟の上、一定数存在する保守層、リベラル層の支持を継続して集める戦略でもあります。
日本人特有の感覚なのか?
ここで注目すべきは、芸能人の政治的発言に対して「珍しい」と感じる感覚が、日本人特有のものかどうかという点です。
日本の文化的背景
日本では、政治や宗教といった「場の空気を乱しやすい話題」を日常会話で取り上げることを避ける傾向があります。これにより、著名人がこれらの話題を公に発言することが「違和感」として受け取られやすいのです。
さらに、戦後の日本では、政治への関心が薄れる時期が長く続きました。この歴史的背景が、「政治と距離を置く」姿勢を一般的なものにしてきたと考えられます。
世界と比較してどうか?
しかし、世界全体を見渡すと、政治的発言が必ずしもすべての国で歓迎されるわけではありません。例えば、一部のアジア諸国や中東地域では、政治的発言が強い反発を招くこともあります。この点で言えば、日本人特有の感覚というよりも、特定の文化圏で共有される価値観と考えることもできるでしょう。
荻野目洋子の発言が示唆するもの
荻野目洋子さんが「欧州の危機」に触れたことは、芸能人がその影響力を活用して社会問題を提起する一例として注目されます。
彼女の発言が肯定的に受け止められるか否かは、今後の日本社会における「政治と芸能」の境界線がどのように変化するかを占う一つの試金石と言えるかもしれません。
ウクライナ敗北ならポーランドとロシアが直接対峙する。更にジョージアやモルドバもロシア領になる。ポーランドがロシア領と緊張関係になれば欧州の危機が高まる。ウクライナは大切な友好国。米国に支援削減されればウクライナは「敗北」 ゼレンスキー氏(AFP=時事) https://t.co/bGkmuOgjZx
— 民主政権党 (@minshuseikento) November 20, 2024
特別な情報ソースを有しているのか、その情報の信ぴょう性などの精査も必要となりますが、重要なのは、今よりも自由に、法的な自由の話ではなく、精神的、文化的な自由を担保して、自由闊達な意見を人気商売である有名人が発しやすい世の中を形成することだと思います。
非常に単純で、言い古された話に落ち着かせて恐縮ですが、「議論」の作法の問題ともいえます。
対立する意見を戦わせること=人格攻撃では決してありません。A、Bについては対立し、C、Dについては同調するのは自然なことです。
情報の受け手の私たちは一部の意見や、投稿だけを受け取って
🇺🇦ロ朝軍事協力の情報共有強化=日ウクライナ、保護協定署名
— Night Literacy (@NLiteracy75501) November 17, 2024
機密情報を共有するための「情報保護協定」に署名
さらに軍事協力関係が深化した模様
一方「欧州の危機だ!」と騒いでいたドイツはプーチンと電話会談
トランプ復帰で激変する世界情勢に乗り遅れる日本?https://t.co/6LaoybXQ8w
「あいつはリベラルだ」「あいつは保守派だ」「人権派だ」「差別主義者だ」のようなレッテル張りをしないことが重要です。
結論
芸能人が政治や国際問題について発言することには、それぞれの社会文化による違いが色濃く反映されます。日本においては、荻野目洋子さんのような著名人が「欧州の危機」に関する発言を行うことは、従来の価値観に一石を投じる試みであると言えるでしょう。
また「欧州の危機」については、陰謀論などではく、現実問題として目の前にある危機であるのは事実です。その危機レベルについては各人により解釈が異なりますが、ここ数十年タームで考えると、最高レベルに緊張が高まっているといえるでしょう。
ウクライナとロシアが交戦中であり、そのことが異常な状態なのですが、長く続くと慣れてしまい、感覚がマヒしてしまいます。
地政学上も、当然、欧州への戦況の拡大というのはあり得るわけですし、現状、対岸の火事として安全な場所などは存在しません。
このような機会に、テレビ、新聞以外の情報を入手してみてはいかがでしょう。ただエコーチェンバーのように、危機を煽り、
不安を助長するような情報ソース、コミュニティーに絡めとられないよう注意を必要です。
バルト海の海底ケーブル破損調査でデンマーク海軍が中国船を拿捕、一方でケーブル切断によるインターネットへの影響はほぼ無し
— 兵庫・奈良・和歌山・三重まとめ (@nara_matome) November 21, 2024
👇詳細は以下から👇https://t.co/CN17fc7kew
日本人特有の感覚かどうかを超え、社会的責任と影響力をどのように使うべきかが問われる時代において、芸能人の役割についての議論が一層重要になると考えられます。